よくあるインプラント 費用への質問
緩和ケア科の主治医のT医師は得意な表現で、在宅医療を受けながらのがんの闘病のこれからのイメージをOさんに伝えてくれたそうです。
これまでは癌研の先生がパイロットだったとすると、今度は在宅の先生がパイロットになって、T先生が副操縦士になると。
バックアップの病院になって、緊急時は診る。
いつでも「いつでも来てください、っていうのが嬉しいですね、行くところがなくなると心配ですけど。
病院と直結してやっていただけるということが、なんだかとても心強くて」Oさんは、在宅医療のサービスを受けることに決めました。
訪問してくれるのは、自宅のある新宿区を含む地域で活動しているグループです。
T医師が以前、ほかの患者さんを紹介した実績のあるグループでした。
「がんっていうのは、どれくらいどんな状態でいられるのか、わかりませんでしょ。
うちで生活できれば安心ですし、また具合悪くなったら入院していいよ、って言ってくださることがとても心強くて。
じゃあ具合が悪くなれば、またお世話になれるんだわ、っていう安心感がある限りにおいては、うちで暮らしたほうが楽かもしれませんね」。
退院を目前に控えてOさんは、病院から渡された、退院後の生活についてのメモを見ながら、夫妻で話し合っていました。
これからの生活は、在宅酸素ボンベを使いながらの毎日にないらっしゃいっていうんですよ。
患者としては非常に楽で、うちにいて、病院の入院費もかからなくって。
女房も助かるんですよね。
いつもいつも心配しなくてすむし、週に一度在宅の先生に来ていただいて、ここに来るのは二か月にいっぺんくらい、検査のためだけでいいというのです。
食事についての注意はありません、だって。
「入浴は長湯をしないこと、あつい湯に入らないこと。
運動は休憩をしながら無理のない範囲で行いましょうね。
だからやっぱり歩かなくちゃいけないんですよ。
億劫がっていないで。
これからもね。
なるべく散歩する。
散歩できないまでも歩くようにしましょうね。
うちの中でもね」「あとは「往診の先生の指示どおりの治療を続けてください」。
それだけだ」「ありがたいことです。
安心して退院できますね」二人の会話は、これからの生活の中心となるTさんの部屋の配置換えに及びました。
「うちのほうのベッドさ、どうしよう?配置換えさ・今のベッドでいいんじゃないの?」「もう少し背の高いベッドの方がいいかな、と思ったりもするんですけどもね」「それからね、机でかすぎるじゃない?もう小さくっていいんだよ、これっぽっちでいいんだよ。
もう捨てちゃえ」「もう少し様子を見ながら、ね。
まだベッドの生活だけじゃないかもしれないし、先生が動きなさい、っておっしゃるんだから動かなくちゃ。
こんなに元気にしていただいたんだから、元気にならなくちゃいけないんですよ。
ちゃんと洋服を着替えて、普段どおりに生活しないと」Oさん宅は、長男一家との二世帯住宅です。
三人の男のお孫さんたちは同じ玄関から出入りして、二階で生活しています。
「玄関は閉め切って、庭に面した私の部屋から孫たちが出入りするようにしよう。
顔はつねに毎日見る」「そうそう、なるべく来てもらってエネルギーをもらいましょうよ」「テレビ買い換えよう。
そうしたら孫たちはあそこ座ってくれるから。
もう少しチャンネルの見れるやつ」今回の入院で苦痛がとれ、突然、現実のものとなった在宅医療。
二人の会話は、不安よりも、新しい日々への期待で弾んでいるようでした。
この日の夜、お台場の海で、東京湾大華火祭が開かれました。
三日後の退院を前に、Oさん夫妻は病室の大きな窓に寄り添い、東京タワーの左右に広がる花火を見つめていました。
八月一六日。
都心はまだお盆休みの気分が続いていました。
病室には長男のHさんが迎えに来ていました。
すでに支度が整い、あとは精算を待つだけ担当のN看護師が部屋を訪れました。
処方薬の確認です。
「朝が息苦しくなるんですから、かならず忘れずに飲んでくださいね」「これね。
まずいけどね」「はい、じゃあ飲みましょう」その場で経口モルヒネ、オプソを口にしたOさんが「おお、まずい」と大げさに身震いすると、「またあ!」N看護師は愉快そうに朗らかな笑い声を上げました。
Oさんの体調に合わせて処方されたすべての薬の確認をしていきます。
今後は、これらの薬をベースに、在宅医療チームの医師の処方に基づいた薬を使っていきます。
「いいですか?いつでも三六五日、二四時間、何かあったら、かならずすぐ連絡くださいね。
大丈夫ですからね」「ありがとうございます。
お世話になります!」やがて、退院のときが来ました。
在宅酸素ボンベを持参して退院するOさんは、車椅子で階下に降りることになりました。
「お世話になりました」ナースステーションに声をかけると、中から看護師たちが出てきました。
担当だった二人だけでなく、師長、夜勤などで関わった看護師。
Oさんは三度の入院ですっかりスタッフと顔なじみになっていました。
「いやあ、お世話になりました。
これからもよろしく!」「お元気でね。
がんばってくださいね」看護師一人ひとりと強い握手を交わします。
「また、待ってますね!」「いやあ、またお世話になります」退院しても、緩和ケア病棟との関係は続くのです。
「助けてくださいね。
お願いします」Yさんも、笑顔で頭を下げました。
N師長が、「でもね、おうちが一番いいからね」と一声かけると、Oさんは、「いやあ。
どっちもいいですよ!」「わあ、嬉しい!」華やかな笑い声が起こりました。
こうしてOさんは、緩和ケア病棟を後にしました。
さて、お盆休みで車が少なく、首都高速は昼間だというのに渋滞もありません。
新宿区内の自宅には三○分程度で到着しました。
閑静な住宅街の一戸建ての前にタクシーが着き、Oさんは、在宅酸素ボンベを動かしながら、家の中に入りました。
ほんの数メートルの歩行でしたが、ひさしぶりの自室に入ると、ベッドの上に座って、しばらく呼吸を整えるのに必死でした。
真夏の室温は三○度を超え、Oさんは額に汗をし、はあはあと呼吸しながら下を向いて堪えている様子でした。
ようやく落ち着いたころ、「お帰りなさ−い」、階上に住む、三人のお孫さんたちが将棋盤を抱えて降りてきました。
代表選手の小学四年生の浩二君との間で、さっそく一戦を交えることになりました。
「将棋は、おじいちゃまに教えていただいたの?」尋ねると、「そうじゃないよ。
自分たちで覚えた」と、得意げな答えが返ってきました。
駒を指しながらOさんは、「いやいや、自宅は何だか忙しそうですねえ」とニコニコ私に話しかけていましたが、形勢不利になったのに気づくと、「エーッ」途端に真顔に戻り、また盤に向かいます。
五分後。
「どうだ?どうだ?ほら−、詰みや−」結局、Oさんが勝利宣言をすると、「やっぱりつよ−い!」孫たちの歓声が上がりました。
そこには得意満面のOさんがいました。
翌日、Oさん宅を訪れると、「きのうはねえ、模様替えで忙しくって。
いろいろ計画したもんだから」とおつしゃりつつ、部屋に招き入れてくださいました。
本棚には、山にちなんだ書物が並んでいます。
「いやあ、これ、手術する前ですよ。
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